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智誠館

武道哲学を経営に。外国人やエグゼクティブも習う武道の心とは

2023/02/01

目まぐるしく変化する競争社会のなかで、大人はもちろん、子どもも何かに追われ、穏やかに過ごすことが難しくなってきたように感じます。昨今では、感染症の拡大や戦争、物価高などが立て続けに起こり、不安やストレスを感じやすくなってきました。

「先の見えない世の中では、変化に柔軟に対応する力、他者と共存し、ともに繫栄していく力が必要です。その力を、武道の技を通じて伝えていきたいと思っています」。

そう語るのは、京都リサーチパークからほど近くにある道場「智誠館」を主宰する、須貝圭絵(すがいよしえ)さん。智誠館では、合気道をメインとした武道の技とともに、それらを通して、生活やビジネスの場に求められる力を伝えているといいます。

「智誠館」で実践していることや、合気道が教える経営哲学について、須貝さんにお話しいただきました。

稔心流武道「智誠館」師範・須貝圭絵さん。1969年、新潟市内にある料理屋の娘として生まれる。1996年から国内外で合気道を習い始める。2003年、「柔道の父」と呼ばれた嘉納治五郎の弟子であり、合気道の植芝盛平の愛弟子でもあった故・望月稔師範の道場で、内弟子として学んだ杵淵暢と出会う。2013年、杵淵師範がつくった魚沼流合氣道の京都道場師範に。2020年秋に杵淵師範が魚沼流合氣道を稔心流武道と改名。2021年、「智誠館」をスタート。

共に学び。共に助け合い。共に成長する。

2021年、京都市下京区に誕生した智誠館は、「共に学び。共に助け合い。共に成長する。」を目標に、合気道をメインとした空手の型、柔道の捨身、柔術、剣の型などの多様な武道の技を、日本語と英語で指導する道場です。

私に海外在住経験があり、道場副師範を務める私の夫も米国出身のため、多様な国籍の人々が集まり、インターナショナルな雰囲気のなかで学ぶことができるのが特長のひとつ。

また、武道から学べる哲学をビジネス戦略と日常生活に生かす方法を、武道の技を通して教えるユニークなワークショップやトレーニングプログラムを、大手企業のエグゼクティブ、ビジネスマンを対象に提供しています。

「智誠館」での稽古風景
指導する須貝さん(写真手前右)

競わず、ロジカルに倒す-合気道との出会い

私と合気道との出会いは、26歳のときです。

料理屋の娘として、高校生の時から家業を手伝っていましたが、自分の道を模索し、高校卒業と同時に東京の専門学校に進学、その後オーストラリアに留学しました。しかし留学中に母が体調を崩したため、家業を手伝うために、再び新潟へ。しばらくして母の体調が回復したので、やはり自分の道を進もうと、以前から関心のあったマッサージを学びに上京します。

マッサージの仕事をしながら、自身でもいろいろなマッサージの勉強会に参加し、熱心に学んでいた矢先のこと。ふとしたとことで腰を痛めて、寝るのも辛いくらいになったんですね。

身体に関心があって学んでいるのに、自分の身体をどうしようもできなくて、接骨院に通院しました。回復してから、接骨院の先生に、「二度とこのようになりたくないので、予防のために何をしたらよいでしょう?」と尋ねたら、「合気道をしなさい」と言われたんです。「合気道は、腹筋と背筋と腰の筋肉をバランスよく使うからとても良い。あなたはやったほうがいい」って。

それで、試しに、当時住んでいた神奈川県藤沢市の合気道道場に通い始めました。すると本当に楽しくて。

合気道の魅力は自分から戦いに行かないこと。相手を倒すことだけを目的とした武術とは違って、相手が戦いにきたとしても、その相手の力に逆らうことなく、相手の力を自らに取り込んで、力を一体化させて自分を守るのが合気道です。相手と優劣を競い合うことがないため、試合や競技がなく、互いに切磋琢磨しながら技を磨き合うために、自ずと相手を尊重するようになるんですね。

加えて、合気道はとてもロジカルです。遠心力、力学など科学的な力の構造を理解すれば、なぜそれで技がかかるのか、攻撃から自分を守れるのかというのが腑に落ちます。つまり、力づくに倒すのではなく、ロジカルに倒すわけです。だからこそ、身長152cmの小柄な私でも、大きな技がかけられる。老若男女問わず楽しめるのが、合気道の大きな魅力で、どんどん夢中になっていきました。

一方、マッサージの勉強も深めたく、米国カリフォルニアで誕生した「エサレンマッサージ」という手法を本格的に学ぶため、渡米します。米国では、マッサージを学ぶ傍ら、現地の合気道道場に通う日々。やがて夫に出会い、結婚。妊娠を機に日本で出産するため、帰国しました。

夫は来日後、経営学の博士号を取得。大学で教えるようになり、新潟県南魚沼市の国際大学の寮に家族で暮らし始めます。私は出産・育児で合気道から離れていましたが、子どもが2歳になった頃、「やっぱり合気道がしたい」と思うように。思い切って大学内に合気道部をつくり、指導してくれる先生を探して出会ったのが、杵淵暢(きねふちとおる)師範でした。

杵淵師範は、「柔道の父」と呼ばれた嘉納治五郎の弟子であり、合気道創始者・植芝盛平の愛弟子でもあった故・望月稔師範の道場で、内弟子として学ばれた方です。

私は杵淵先生の教えに導かれ、道場に通い、やがて師範に昇格。2013年、夫の同志社大学赴任に伴い京都に移住したのを機に、杵淵先生の開いた魚沼流合氣道の京都道場を立ち上げ、左京区の公共施設を借りて指導を始めました。2020年、感染症拡大の影響を受けて道場を一度閉じた後、2021年、ご縁のあった下京区の一画に場所を借りて再スタートしたのが、「智誠館」になります。

※望月稔:1907年~2003年。嘉納治五郎や三船久蔵から柔道を学び、嘉納の指示により、植芝盛平から合気道(当時は大東流)を学んだ。合気道、柔道、空手道、居合、杖術などをひとつにした総合武道「養正館武道」を開いた。モンゴルやフランス、ベトナムでも武道を教え、1960年には、パリ市より文化功労賞を授与される。2003年、フランスで逝去。

夫の須貝フィリップさん(左)と須貝さん。フィリップさんは現在、同志社大学大学院ビジネス研究科教授(専門はマーケティング)。須貝さんのすすめで合気道を始め、現在、稔心流武道の七段(副師範)で、智誠館でも指導する。

変化に対応する智と心、生きる力を武道に学ぶ

智誠館を始めるまで、順風満帆だったわけではありません。若い頃は母の病気で留学を断念して帰国。40代では全頭脱毛症、急性膵炎・腸閉塞で入院。50代初めには結節性多発動脈炎いう難病が発覚し、今も毎月検査を受けて投薬を続けています。智誠館を始めたのも、感染症拡大で生徒の大半が辞めてしまったことや、両親の介護がいよいよ必要になり、一緒に暮らせる住まいに引っ越すため、それまでの道場を閉じる必要があったんですね。

生きていれば、本当にいろいろなことがあります。

でも、どのような変化にも対応しながら、自分自身にとって大切なものを守り、生きていく力。困難があっても、また起き上がる力。英語で「レジリエンス」といいますが、それを私は合気道で学んだと思います。

例えば、私たちが毎回の稽古で練習する「受け身」。「受け身」は、「自分を守る方法」でもあるんですね。守っているから、倒れても起き上がることができる。「頭と背骨だけは必ず守る」「そこだけ守っていれば再び起き上がれる」という体感を通して、私たちは、「自身の生活で最も大事に守らねばならないことは何か」「自身のビジネスで根本的に大切にしなければならないことは何か」を意識するようになるのです。それが、リスクマネジメントにもつながるし、自身が生きていく上での精神的な土台=生きる力になっていくわけです。

望月稔先生の教えに、次のようなものがあります。

「武道と言うは、日本の伝統武術を因として、気・体・智・徳と備心など、大和心(やまとごころ)の源泉を併せ教ゆる道ぞかし(併せ教える道である)」

つまり、武道とは、技を教えることが目的ではなく、技を通して「大和心」を伝えているのだ、というわけです。大和心とは、簡単にいえば「和合」の心。ここでは「気・体・智・徳と備心」と挙げられていますが、その「徳」とは、互いに尊敬し合うということです。

先ほど申し上げたように、合気道は戦いを前提としません。相手が戦いにきても、その力を自らに取り込んで、力を一体化させて自分を守るのが合気道です。つまり、相手がいなければ自分の技が磨かれず、自ずと相手を尊重するようになります。

望月先生のもう一つの大切な教えに「精力善用 自他共栄」があります。「社会を善くするために自分の能力を良いことに最大限用い、他者とともに栄えていく」ということです。

戦って優劣を競うのではなく、お互いを尊重し、良いところを学びながら、より善い社会になるために発展していく。その教えは、ビジネスの世界にも通じる哲学と言えるのではないでしょうか。今でこそ、「誰ひとり取り残さない」を原則としたSDGs(持続可能な開発目標)が取りざたされていますが、合気道の教えは、SDGsに流れる思想そのものだと感じています。

私は料理屋の娘として育ち、高校時代にはすでに人の採用にも関わっていたため、肌感覚で経営を学んできました。新潟で杵淵先生の道場に通っているときに、杵淵師範との何気ない会話から「合気道の思想はビジネスに生かせる」と確信。武道哲学を生活やビジネスに生かすオリジナルのプログラムを「Biz(ビズ)道」と名付け、立ち上げました。

Biz道は現在も続けており、多様なバックグラウンドを持つ方々に学んでいただいています。また、夫がセンター長を務める同志社大学社会価値研究センターでも、「精力善用 自他共栄」を企業のあるべき姿ととらえ、研究を続けています。

「Biz道」セミナーの様子。Biz道について、詳しくは智誠館の公式サイトのページをご覧ください:https://www.aikidoinkyoto.com/bizdo

他人と比べず、自分の目標に集中する体験を

智誠館には小学生クラスと中学生以上の一般クラスがあり、一般クラスは初級・中級・準上級・上級に分かれて教えています。

一人ひとりに丁寧な指導ができるよう、定員10人の少人数制。小学生クラスは3か月に一度、指導報告をアプリで送っています。得意なところを伸ばしていく指導で、自信を育ててあげたいと思っています。

今はどこでも競争社会で、子どもは学校でも他人と比べられて育ちます。せめて習い事くらいは競争せず、一人ひとりの価値を大事にしてあげたい。合気道は試合がなく、他者と優劣を競わない代わりに、昇級、昇段という目標に向かって学ぶことができます。

その子自身が他人と比べず、競争をせず、むしろ他人の力を借りながら自分に集中し、がんばることができる体験は、現代社会にとても大切な力となるのではないでしょうか。

「智誠館」キッズクラスの稽古風景

社会人もいろいろな方が来られています。皆さん、お仕事で忙しくても、ここに来るとリフレッシュできるとおっしゃいます。私自身がそうでしたが、筋力をバランスよく使うために身体を美しく強化できるので、健康法としてもおすすめです。

そうして楽しんでお稽古を続けていくことを通して、自ずと「精力善用 自他共栄」の心が身に付いていきます。

合気道を通して、世の中や社会のために役立つことをするリーダーを一人でも多く育てていきたい。それが私の目標であり、使命だと思っています。

(取材日:2022年12月6日、写真提供:智誠館、取材・執筆:COILLTEWORKS 立藤慶子

紹介動画

概要

施設名 稔心流武道京都支部 智誠館
所在地 〒604-8845 京都市中京区壬生東高田町43-6   JUSTIN御前ビル 3F
事業内容 武道教室の運営、ビジネスセミナー事業
設立 2021(令和3)年1月11日
ホームページ https://www.aikidoinkyoto.com/

 

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